B くんがギャンブルで得たもの

Pくんがギャンブルで得たものと失ったもの - ハックルベリーに会いに行く
これを読んだら、なんだか無性に書きたくなったので書く。

B くんの話。

B くんは不真面目な高校生だった。部活はそれなりに頑張っていたけど、勉強はほとんどしなかった。そんな状態で進学など出来るハズもなく(というか進学する気などサラサラ無かった)、卒業間近になっても進路は未定で担任の先生を困らせたりもしていた。

そのうち高校を卒業し、晴れて無職となった。しかし、無職を選んだのには理由があった。

B くんには夢があった。

中学、高校とバンドを組んでいた B くんは、それで飯を食いたいと思っていたのだ。高校を卒業する数ヶ月前からバイトをし、新しいギターを買うためのお金を貯めたりもしていた。

ある日、B くんはバイトで貯めたお金を全部持って御茶ノ水へ向かった。目的はもちろん楽器を買うためだ。B くんのお目当てはギブソンレスポール。しかし、楽器店に入るなり B くんはガックリと肩を落とした。お金が足りなかった。

足りない金額は、だいたい1万円くらいだったろうか、ギターの値段を考えれば、その差はわずかなものである。届きそうで届かない金額。しかし、足りないものは足りない。

グッとグレードを落としてエピフォンにしようか…とも思ったりした。だけど、さすがにそれは B くんのプライド*1が許さなかった。楽器屋の店員さんに、後日お金を貯めてからもう一度来る事を告げて、その日は帰った。

次の日、 B くんの足はパチンコ屋へと向かっていた。足りない分をギャンブルで補うつもりだったのだ。1万円の臨時収入を得る方法はそれしかなかった。次の月の給料を待つという選択肢はなかった。ダメ人間だったからだ。パチンコを打った事がなかった B くんは、とりあえずテレビのパチンコ番組で見たことがあったルパン3世の台に座った。

どんどん吸い込まれていくパチンコ玉を見て Bくんに何とも言えない感覚が襲う。

「これがギャンブルか…」

下手をしたら増やすどころか全財産を失うかもしれないと思った B くんは、つぎ込むのは5000円までというルールを決めた。当時やっていたバイトが時給740円だったので、その時の B くんからしたら5000円でもかなりの大金だった。

そんな大金が、ものの十数分で無くなろうとしている。 B くんは激しく後悔していた。

しかし、金額にしたらあと200円程度だろうか、上皿の玉もなくなりかけていた時にそれは来た。

大当たりだ。

残念ながらその大当たりは単発だったが、 B くんは一回の大当たりが5000円以上になることくらいは知っていたので、今までの負けがなくなったことに心の底から安心した。

その大当たりの後、少し打って換金した。ちょうど5000円になった。 B くんとパチンコの出会いはこんな感じだった。よく『ビギナーズラック』とかいうけど、そんなものはなかった。

それから数カ月

B くんはバンドを組むことなど忘れたかのように、毎日パチスロばかり打っていた。

B くんが狂ったように打ち続けていたのは『花火百景』という台だった。当時パチスロを打っていた人なら知っていると思うけど、この台はしっかり目押しを行えば、設定 1でも機械割*2が 100% を超えるという台だった。

あのパチンコとの出会いの数日後にバイト先の人にパチンコを打った話をしたら、その人もよくパチンコやパチスロを打つ人だったらしく、最近は花火百景を打って勝っているという話を聞いて自分もそれをやってみようと思ったのだった。

しかし、B くんはその花火百景を打って負け続けていた。設定1を下回るボーナス確率でしかボーナスを引けないツキの悪さもあったが、そもそも目押しのレベルが勝てる域に達していなかったのではないかと思う。それでも本人は勝てると信じて打ち続けた。

財布の中身は空っぽなのが当たり前になっていた。ギターどころか弦も買えなかった。いつの間にかバンドをやろうという気持ちも消えていた。頭の中はスロットの事ばかり、完全にジャンキーだった。

このままではマズいと思い、B くんはギャンブルをやめる事に決めた。しかし B くんは負けず嫌いだったので、どうせなら勝ってやめることにした。今思うと、これは完全にダメ人間がする思考だと思う。ほとんどの人はこうして泥沼にハマっていくのだ。

しかし、それから B くんは勝ち続けた。「やめてやる!」と心に決めた日から、今までに発揮したことのない集中力でパチスロ関連の本を読み漁り、勝つための立ち回りを頭に入れて誘惑に負けずその立ち回りをひたすら実践したのだった。

パチスロで勝てるようになってからは財布に1万円札が何枚も入っているのは当たり前で、買いたいものをいくら買っても毎月入ってくるバイトの給料には手をつけていないという信じられないような状態だった。

そのうち B くんは「バイトよりもパチスロのほうが儲かるじゃないか」と思い始めた。収支を見てみても月々のバイトの給料とパチスロの収支はそれほど差がなかった。パチスロに専念した方が儲かる事を確信した B くんはバイトを辞めた。

そこからの収支は、それはもう相当なものだったと思う。

財布はいつもパンパンだった。パチスロで勝ってお金が入りきらなくなると、家の本棚に挟んである封筒に何枚か移したりしていた。B くんにとって『パチスロを打つ』という事は、娯楽でもギャンブルでもなく、お金を得るためにする事だった。

そうやってパチスロを打っているうちに、B くんはあることに気付く。

これは『投資』だ

「今やっているこの行為は、いわゆる『投資』というやつなんじゃないか?」

勝てる台を探して、その台にお金をつぎ込み、つぎ込んだ金額よりも多いリターンを得る。これは投資そのものだった。パチスロでもつぎ込んだ金額のことを投資金額とか言うけど、それはカッコつけたりしているわけではなく、ホントにそのままの意味だったことにその時気付いた。

B くんの興味は次第にパチスロから投資へと移っていった。パチスロではどんなに頑張っても掛けられる額が決まっているので上限が低いと考えたからだ。そして Bくんが次の投資対象に選んだのは株式だった。すぐさまライブドア証券に口座を開いた*3

しかし、株式市場の大人たちはパチンコ屋にいる大人たちよりも何枚も上手だった。B くんは思うように結果が出せず、株で損をしては、それをパチスロで取り返すというような事を何度も繰り返していた。結局、またメインでパチスロを打つハメになっていた。

そして、パチスロでの勝ちも、そう長くは続かなかった。冬が来たのだ。

ここでの冬というのは『パチスロの冬の時代』とか、そういう意味ではなく正真正銘の冬、四季の冬である。B くんはフットワークを活かして何件ものパチンコ屋を回って、勝てる台を見つけては打つというスタイルで収支をあげていたのだが、外が寒くなるにつれて遠出するのがイヤになったので近場の店で済まそうとした。その結果、収支が激減したのである。

再び、パチスロ以外の投資対象を探すことになった。寒いのはイヤなので、我慢して遠出するという選択肢は無かった。ダメ人間だったから。

そしてある時、B くんはダメ人間なりの考えで、最も信頼出来る投資対象を見つけた。

それは『自分自身』だった。

自分自身に投資する。投資が失敗したらそれは全部自分のせいであって、誰のせいにも出来ない究極の自己責任。投資を成功させるには自分が頑張るしかない。逆に言えば自分が頑張りさえすればその投資は成功するという、これ以上ないくらい最高の投資対象だった。

残る問題は、その自分自身への投資として何にお金を使うかだったが、それはすぐに見つかった。

ちょうどその頃、寒くて家にこもっていたので毎日パソコンでインターネットばかりしていて、面白いサイトを見て回るうちに「自分にもこういったサイトが作れないか」と思うようになっていた。アフィリエイトというモノの存在も知っていて、それで稼げるかもしれないという思惑もあったので、 HTML を習得することにした。

それからは1冊で数千円もする HTML のリファレンス本やサンプル本などを何冊も買い、毎日コーディングする事にのめり込んだ。そのうち CSS の存在も知り、自分の思い通りのサイトが作れる事に夢中になった。その甲斐あってか、半年後に地元の IT企業に就職することも出来た。きっと、今までの投資の中では一番の成功だったと思う。アフィリエイトは全然ダメだったけど。

ギャンブルをやっている人に話を聞くと、どうやら勝ち負けに関係なくギャンブルを始めたことに後悔している人が多いみたいだ。「今までに車が何台も買えるくらい負けてる」とか「負けてはいないけど時間の無駄だった」とか。

でも、僕はギャンブルを始めた事、あの時にルパン3世を打った事は全く後悔していない。僕がギャンブルを通して得たものは、誰かに教えてもらおうと思っても到底理解できない、自分が経験して初めてわかる貴重なものだと思うから。

*1:真冬の水たまりに張った氷のような薄いプライド

*2:IN 枚数に対する OUT 枚数の割合。たとえば機械割が110%の台の場合、3000枚(1000ゲーム分)投入すると3300枚の払い出しが期待できる。

*3:その時、19歳だった未成年の B くんが口座を開ける証券会社は確かココくらいしかなかった